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エクセレント経営者に迫る|ナルックスホールディングス株式会社

光学部品メーカーであるナルックス株式会社を中核事業会社とするナルックスホールディングス株式会社は、世界最高水準の光学設計、ナノレベルの微細加工、スマート生産システムを武器に、ICT の光通信から自動車、産業機器・事務機器、ヘルスケアなど多岐にわたる産業分野に高付加価値の光学部品を供給しています。光の追求と微細加工を極める「光と極限の夢」をビジョンに掲げる北川清一郎社長に、「三百年企業」を目指す技術経営について伺いました。

「光と極限の夢」の実現に邁進し三百年企業に挑戦する


エクセレント経営者に迫る|ナルックスホールディングス株式会社
ナルックスホールディングス株式会社
北川 清一郎氏
代表取締役社長

所在地  大阪府三島郡島本町山崎2-1-7
TEL    075-963-3456
設立   1948年7月
従業員数 339名(グループ合計)
資本金  2億1,126万円(同上)
年商   69億円(’19/3期)(同上) 
事業内容 光学素子の設計製作/光学部品・
     光モジュールの開発・製造・販売
U R L   https://www.nalux.co.jp

エクセレント経営者に迫る|ナルックスホールディングス株式会社
本社

エクセレント経営者に迫る|ナルックスホールディングス株式会社
野洲工場


185件の特許と開発から量産までの一貫体制が強み

—— 御社は自動車や産業機器・事務機器、ICTの通信インフラと端末、メディカルヘルスケアなど、様々な産業分野に、レンズ、ミラー、回折格子など高付加価値の光学部品を供給されています。グローバルで強い競争力を発揮されている御社の強みはどこにありますか


北川 一つは、光学設計から超精密加工、量産、測定・評価まで一貫して行っていることです。具体的には、光学設計、超精密加工、超精密成形、蒸着の要素技術をもとに、光学設計からものづくりまでつながった技術・ノウハウを持つことで、各工程を関連付けてフィードバックをかけやすく、相互にレベルアップすることができます。
 設計開発では、これまで積み重ねてきた知的財産が強みで、当社は光学設計とナノ加工に関する特許を185件保有しています。自社開発した基本特許をもとに、製品化していく過程では、お客様と共同出願するケースもあります。
生産工程では成形から梱包までを自動化した「スマート生産システム」を導入しています。自動化設備を積極的に導入して人員を最小限に抑え、グローバルでのコスト競争力の高いものづくりを実現しています。また、市販の機器による測定だけでなく、独自開発の測定・評価設備を開発し、機能評価による品質保証などすべての工程のレベルを上げていく取り組みを続けています。

—— 強みである技術を活かすための知財戦略は、どのように取り組まれていますか。

北川 もう15年以上前から弁理士の先生に毎月来ていただいて、各部門が開発した技術についてパテントにするかどうかを朝から1日議論をしています。会議には技術者だけでなく、関連する事業担当者も入ります。コア技術を分散しないようにするためには、マーケットとコア技術を関連付けないといけません。基本的には、先に権利化しておいてからユーザーに提案し、アプリケーションを開発する段階でユーザーと共同でパテントを出していくことがベストだと思います。そのように、お互いの立場を尊重し参入障壁を作りながらビジネスを進めるようにしています。

—— 生産における技術やノウハウも、御社の大切な財産ですね。

北川 生産についての技術は、製品に関わる技術と違って侵害があってもなかなか追及できません。だから、特許にして公開するよりもノウハウにしておいた方が良いというのが、これまでの考え方でした。
 しかし近年、中国は特許の出願数が世界で最も多くなっています。当社も中国に生産拠点(常州纳乐科思光学有限公司)がありますので、先に特許を出されて生産できなくなるリスクがあります。そこで、生産分野の特許も出願していこうという方針に変えました。中国での生産でも自社開発した自動機器や評価機器など高度なノウハウがありますが、ここまでは出しても良いという“しきい値”を設けています。また、機器のトラブル対応もデータ管理に注意しながら遠隔処理で調整をしています。


CTO(最高技術責任者)として技術を確立しビジネスを広げる



—— 1992年に社長に就任されるまで、入社からどのようなキャリアを積んでこられたのですか。

北川 入社は大学を卒業した1976年ですが、工学部2年から設計の手伝いをしていました。ちょうどナルックスがカメラ向けの非球面レンズの開発にチャレンジしている頃で、その非球面加工プログラムを作ったり、研磨機の図面を描いたりしていました。
 入社してからは、1年近くお客様のところで金型の勉強をさせてもらいました。それは当時、まだ一般的ではなかった焼入れ金型の技術で、後に当社の製品の量産に非常に役立ちました。一方で、ナルックスにも出社してきて金属研磨や成形技術の習得に黙々と取り組みました。ユーザーへの対応もありますが、基本的にはずっと技術畑でナルックスの技術力をステップアップさせることでキャリアを積んできました。

—— 御社は1962年に射出成形レンズの生産に日本で初めて成功し、以後、様々な光学部品を開発され、1991年にはプラスチックレンズ業界で売上トップとなりました。生産する製品はどのように変わってきたのでしょうか。

北川 当初の製品は拡大鏡やルーペなどで、今からすると精度レベルはそうたいしたものではありませんが、プラスチックでできたという新規性がありました。その後、メガネ、カメラレンズと高度化していきました。私が入社した頃は、カメラメーカーが主要なお客様で、先ほど言った非球面レンズなどの開発と量産が大きなテーマでした。そこから、レーザープリンター、CD・DVDの光学系(回折光学素子)など、お客様からどんどん新製品の依頼が来るという時代で、それも回転非対称な自由曲面形状やナノレベル制御といったハイレベルなものへの挑戦ばかりです。2000年に運用を開始したハワイ島マウナケア山頂にある国立天文台の「すばる望遠鏡」に使われるマイクロレンズも、当社が技術開発しました。どんなに大きな望遠鏡であっても、地球上の大気の「揺らぎ」によって解像度は限られてしまいます。当社のレンズは、その大気の揺らぎに合わせ補正する仕組みに組み込まれています。こうした困難なテーマに取り組み、製品化することでビジネスはどんどん広がっていきました。その頃に今の技術開発のベースとなるものが確立されていったと思います。
 ユーザーから来る課題に対応することに明け暮れていた時期は、社長就任後もしばらく続きました。ですから、社長といっても本当の意味での会社のマネジメントができていなかった。それに気付いたのは、1990年代半ばからの急速な円高で、海外への生産移転が進み、営業が弱音を吐くようになってきたからでした。

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メディカルヘルスケア分野で使用される内視鏡向け小型レンズと光学素子・光学モジュール

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レーザービームプリンターなどデジタル複写機などに広く採用されている自由曲面レンズ(fθレンズ)

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情報通信技術デバイスに関連する高品質・高精度の光学素子


—— CTO(最高技術責任者)として世界最先端の技術分野を開拓し、会社を成長させてこられたのですね。CEO(最高経営責任者)としてはどのような課題があったのでしょうか。

北川 一言で言えば、技術経営ができていなかった。知的財産をキープし、企業価値を高める施策がありませんでした。だから、当社が苦労して築いてきた加工や生産のノウハウが、ユーザーが海外生産を進めるなかで、どんどん外へ出ていってしまいました。ユーザーから言われたことはしっかりやるし、高度な要求にも応えて良いもの、新しいものをつくる技術力はある。けれど、その技術力で企業価値を高めていくことができていなかった。その企業体質を変えていかないといけない。そこから、社長としての本当の仕事が始まりました。


ブレーンの力とマトリックス組織で企業体質を変えていく


—— 企業体質を変えるために、どのような取り組みをされたのでしょうか。

北川 私一人では力が足りないので、外部のブレーンの力も取り入れながら、いろいろな取り組みをしました。現在も続いているものでは、先ほど述べた弁理士の先生とのミーティングや、「失敗学」の提唱者である畑村洋太郎先生の勉強会を開いています。畑村先生には設計する際の「思考展開」を学び、機能と設計の間をつなげる基本的な考え方を教えてもらっています。また、自動車産業のマーケット拡大を目的に、自動車メーカーの元役員の方に毎月3日間来ていただいて、技術や営業部門がそれぞれの課題をテーマにミーティングを行っています。設計・開発、生産、営業のすべてがレベルアップできるように働きかけています。

—— マトリックス組織を導入されたのも、その一環ですね。どのような効果がありましたか。

北川 マトリックス組織は、設計開発・技術開発・製造・営業といった職能と、ビジネスユニット(BU)の2つの系列を縦軸・横軸に組み合わせた形態の組織です。それぞれに職能の長と、所属するBU長の二人の上司がいて、評価も二人の上司から出てくることになります。当社では技術者がBU長を務めています。横軸のBUではユーザー思考(マーケット思考)で取り組み、縦軸ではそれぞれの技術や職務を深掘り思考していく。この組織にした狙いは、その両方の思考で仕事に取り組んでもらうことです。
 アメリカのIT企業などではビジネスごとの縦割り組織が増えており、それは機密保持を目的としているそうです。我々の組織は共有化を追求してきましたが、同時に機密保持という考え方も取り入れなければならない。そのためにはどういう組織が良いのか、今後考えていかないといけない課題です。

—— 世界最先端の技術を維持発展させていくための人材の確保、育成はどのようにされていますか。

北川 パワーがある人を集めれば会社も変わってきます。そのために採用を重視し、関西・東京を中心に最低5回は会社説明会を開いています。新卒採用の人数は、平均すると7、8名になります。もちろん、採用は始まりで、人を育てることはもっと大事です。そのための教育にも力を入れ、ブレーンによる勉強会の他にも、産官学の共同研究や世界的な学術機関と共同研究を行っています。また、米国アリゾナ大学での研究活動や博士・修士課程への研究留学にも派遣しています。
 処遇面でも中堅企業以上の給与を目標にし、実現しています。それを前提にした人件費の上昇を中期経営計画に盛り込み、そこから利益計画を決めています。サラリーだけがすべてではありませんが、仕事のモチベーションを維持する上で重要な要素です。


製品の最適化を提案する光学設計、ナノメートル精度の超精密加工、厳密な環境管理による超精密成形、高精度成膜技術などのコア技術を有している。

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CAD・CAMを駆使した各種光学系の評価、解析

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プラスチック光学部品の超微細加工

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クリーンルームでの測定・評価


5Gの次の6Gも見極め長期的な視点で「三百年企業」を目指していく


—— 中期経営計画の策定方法について教えてください。

北川 中期経営計画は5年単位のスパンで多岐にわたる開発、ビジネスをパラレルで展開していく計画を立てています。いろいろな仕事を同時に長期的な視点で行っていくということです。数値目標は、日本の持続的な経済成長をベースに、人件費の上昇を加味して算出しています。第11期(51期~55期決算期ベース)中計は私が立て、部長以上にはローリング方式の中計(1年ごとに5年先の目標を更新していく計画)を立ててもらっています。課長は1年ごとの計画を立てますが、会社としての短期志向の経営計画は立てていません。部長には長期的な視点でより戦略的な思考を強めてもらうようにしています。

—— 第31 回中小企業優秀新技術・新製品賞を受賞された薄型マイクロレンズアレイをはじめ、御社が開発されている新技術・新製品にはどのような未来が広がっていますか。

北川 マイクロレンズアレイには多岐にわたる目的があって、3次元カメラの光源としても使われます。機密事項があるので詳しくは言えませんが、クルマの自動運転や携帯端末の顔認証などにも活用される可能性がありますので、コア技術の一つとして特許を含めて力を入れています。
 長期的な視点では携帯通信の5Gの次の6Gではどのような新技術が必要になるかを今から見極めないといけません。当社は「光と極限の夢」をビジョンにし、光学技術と微細加工を極めることを追求していますが、その微細加工の技術にも商品化が期待できるものがあります。光学製品とは違う新たな事業の柱として育てていきたいと考えています。

—— 理念に掲げておられる「三百年企業」の実現のために、どのような取り組みをされていますか。


北川 300年続けるためには持続的成長が基本で、そのためにはグローバル経営は必須です。当社は中国に法人を持つほか、スイスの会社とパートナーシップを結んでいます。また、米国サンフランシスコの展示会では学会発表展示ブースを出展し、世界の経営者やユーザー、同業者と効率的にミーティングできる機会を持っています。社員には常に海外に出るよう言っており、海外出張は年200件以上になっています。社員のグローバル感覚を磨くことを基盤に、グローバル経営を進めていきます。もう一つは、経営承継の課題です。そのために2019年にホールディングス体制にしましたが、さらに安定経営を続けるためにホールディングスカンパニーの体制を整えていきたいと考えています。

—— 持続的成長のために、投資育成会社にはどのような役割を期待されますか。

北川 2016 年に出資を受けた大きな目的は、「三百年企業」の実現のためです。ホールディングス化の際にも投資育成会社からアドバイスをいただき、とても助かりました。また、年輪会の総会で聴いた京都大学の鎌田浩毅教授のお話も、災害に備えたBCP(事業継続計画)を考える上で非常に参考になりました。齋藤浩社長(投資育成会社社長)からも「高度外国人材活用セミナー」などを紹介していただくなど、当社にとって有用なアドバイスをいただいています。成長支援のプロフェッショナルとして、当社の持続的な成長を今後もサポートしていただけることを期待します。

長時間にわたり、貴重なお話をありがとうございました。


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自動車、産業機器・事務機器、ICT(通信インフラ・端末)、メディカルヘルスケアなど、様々な産業分野に高付加価値の光学部品を供給する

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自動車分野では照明(ヘッドライト)のほか、自動運転システム、遠赤外光カメラなどの光学部品を供給

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高度な要求に応える技術力はある。
けれど、その技術力で企業価値を高めていくことができていなかった。
その企業体質を変えていかないといけない。
そこから、社長としての本当の仕事が始まりました。

P r o f i l e 
1953年生まれ、滋賀県出身。1976年同志社大学工学部卒業後、北川化工株式会社(現ナルックス株式会社)入社。以後、技術者として同社の新技術確立、新製品開発に取り組む。1979年、取締役に就任。1992年、代表取締役社長に就任し現在に至る。2019年、「日本非球面レンズ株式会社」が商号改称した「ナルックスホールディングス株式会社」の社長も兼任。





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