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「デジタル化」で今こそ事業の変革を| 株式会社ひびき精機
先代が1967 年に個人創業した当時は、日本の基幹産業だった造船業に携わっていたという株式会社ひびき精機。仕上げの美しさにこだわった真摯なものづくりは、2代目松山英治社長にも継承され、現在はステンレスやアルミ、チタン合金などの難加工金属の超薄肉精密切削加工に高い評価を得て、半導体の製造装置や航空宇宙関連部品などの製造を手がける。
若い世代のものづくり離れが進むなか、次世代に夢を与えるものづくりをと25 年以上前からデジタルを活用した技術の伝承に取り組んできた。そして今、「ローカル5G」を活用したスマートファクトリーの実現に挑んでいる。
「ローカル5G」を活用した、スマートファクトリーの実現へ
代表取締役社長
松山 英治氏
1953年生まれ。長崎県出身。1972年にひびき精機に入社。複合精密切削加工の独自の技術力を活かして半導体や航空宇宙関連の部品製造等に進出。1997年、代表取締役社長に就任。2018年、日刊工業新聞社主催「優秀経営者顕彰」受賞。
本社
所在地 山口県下関市菊川町田部186-2
TEL 083-288-2208
設立 1975年7月
従業員数 98名
資本金 7,500万円
年商 20億円(’20/8期)
事業内容 半導体製造装置関連部品・航空宇宙関連部品・各種精密機械部品の製造、研究開発支援
U R L http://hibikiseiki.com
技術・技能の伝承を目指して、25年前からデジタルを導入
不況により、創業以来手がけていた造船関連の仕事がなくなった後、「要求レベルがかなり高く、大変な仕事だけれどやってみませんかと紹介されたのが、半導体製造装置の部品づくりでした」(松山社長)。
それまで主に鉄を扱っていたが、アルミやステンレスといった加工しづらい非鉄金属の材料がメインになった。軟らかく傷つきやすいアルミについても、顕微鏡で確認しなければわからないほどの小さな傷さえも許されないシビアな製品づくりが求められた。
超薄肉精密切削加工を施す技術力は高く評価されている。
その後、半導体関連で実績を積み重ね、取扱領域を徐々に広げていった。人工衛星や航空機の部品では1gでも軽量化を図る設計がされており、そうした厳しい要求に応えるうちに磨き上げられた超薄肉精密切削加工技術が、今日の同社の大きな強みとなっている。
同社のデジタル化が始まったきっかけは、今から約30年前のことだった。「我々の半導体は伸びていましたが、一方で人手不足で廃業せざるを得ない町工場も少なくなく、日本のものづくりも終わりかと言われました。私は日本のものづくりが最高だと信じているので、当社では次世代にとって魅力あるものづくりを実践していかなければならないと思いました」(松山社長)。若者のものづくり離れを目の当たりにし、1996年、「技術・技能の伝承企業」を目指して、アナログな職人技を記録しマニュアル化するためにデジタルを導入した。
生産システムの改善で、売上も社員数も倍増
「デジタル化」に取り組んだ当初は、社内LANを整備しようとしたが、下関市ほか山口県内にはまだその事例がなく、専門的な電気工事以外は、自分たちで配線を考えたりしたという。機械の稼働状況のデータを記録するソフトを買って各機械にも取り付けた。ものづくりのノウハウを若い人たちに学ばせたいという一心で、まさに手探り状態で「デジタル化」に向き合っていた頃の話だ。
デジタル技術を活用して、熟練職人の「技」を次世代へ着実に伝承することを目指す。
着実にデジタル化が進められることになったのは、2003年にIT推進担当として芦刈康規システム部長が入社した頃からだ。2007年には、現在の本社工場を完成させたのに続いて、2014年に航空・宇宙関連への進出を図って第二工場を建設した。ここで規定の検査成績表の作成や管理などでデジタル化が生きてきた。
「工場の生産システムも大きく改善され、それからの5年間で売上が10億円から20億円に伸びました。生産量の増大にともない、社員も55人から90人に増えています。デジタル化が生産効率を上げ、会社の成長につながっていることを社員も実感し意識が高まったことで利益率の向上にもつながりましたね」(松山社長)。
デジタル化については常に先進の技術に触れているべきだというのが持論となっている。
「ローカル5G」の特性を活かした、作業のリモート支援などを検証
その松山社長の飽くなきデジタル化への関心から新しく始まったのが、西日本電信電話株式会社(以下、NTT西日本)と共同でスタートした「スマートファクトリー実現に向けた『ローカル5G』の活用に関する実証実験」だ。
昨年、山口県とNTT西日本との間で締結された「『ローカル5G』を活用した社会課題解決に関する連携協定」は、中国地方の経済界で大きな話題となった。その取り組みの第一弾が、ひびき精機が昨年6月に竣工したばかりの第三工場を使っての実証実験だ。
同社との共同実験を決めた理由として、NTT西日本・バリューデザイン部の里村裕樹主査は「山口県は2019年の都道府県別1事業所当たり製造品出荷額が日本一になるなど、製造業が盛んな県で、そのなかでもひびき精機様はデジタル化への取り組みに大変熱心で、検証結果に対する意見も積極的に伺えると思いました」と語っている。
「ローカル5G」を活用したスマートファクトリーのイメージ
「ローカル5G」とは、限定されたエリア内に基地局を設置して専用の5Gネットワークを構築する技術で、高速大容量通信や低遅延、多接続といった特長がある。第三工場においては、「ローカル5G」の電波特性を検証するほか、高速大容量通信の特性を活かして、工場内機器の無線接続によるデータ取得や、工場間の大容量データ通信の高速化、高精細カメラを活用した遠隔監視による業務の効率化などを来春まで検証しているところだ。
「スマートグラスという情報端末を装着した若手社員に、遠く離れたところからベテラン技術者が作業指示を行うこともでき、作業の効率化とともに、松山社長が望むデジタルを活用した技術の伝承も実現できます」(里村主査)。こうしたリモートによる作業支援のほか、コロナ禍で難しくなった工場見学についても、高精細な4K映像で、工場内を360度、リモートでリアルタイムに案内することも可能になる。
スマートグラス
現場側でのようす
管理者側でのようす
↑「スマートグラス」を活用したリモート作業支援。大容量通信が可能な「ローカル5G」だからこそ、4K高精細カメラで撮影した映像を送信できる。
愚直なものづくりにデジタルを融合させて大きな成長を
先進の実証実験に参加して松山社長が「私たちがこれまで守ってきた五感を使っての愚直なものづくりは変わることはありません。そこにデジタルを融合させることでイノベーションを起こしたいんです。作業内容を分解して属人的な部分だけを抽出し、その他の工程はデジタルで簡素化を図ろうというTPM(Total ProductiveMaintenance)活動も進めているところです『ローカル5 G 』を本格的に活用するまでには数年かかるかもしれませんが、今、社内で『かっこいい』と若手たちのモチベーションも上がっています。デジタルは使い方によって、人の心までも変革するのだなと実感しているところです」と語っているのは興味深い。
システム部長 芦刈康規氏
同社でデジタル化の推進役を務めてきた芦刈部長は、中小企業がデジタル化を進めるにあたって留意すべき点として「IoTへの意識が高まり、さまざまなツールが、以前より低コストで入手できるようになりましたが、必要なのは、自社の現状や課題をよく把握したうえでシステムを考える人材です。自分ごととして考えなければ最適なシステムにはなりません」と語っている。実際、同社では芦刈部長ともう一人のシステムエンジニアの社員は、システムの開発にあたって生産現場で1年間働いた。
「開発中のシステムは60%〜70%の完成度でも現場に流せと言っているんですよ。日進月歩のデジタル社会で100%のシステムなんてあり得ない。現場で使いながら改善していけばいいんです」(松山社長)。
最後に、松山社長はデジタル化のポイントとして、「中小企業の経営者にとって、直接お金を生まないデジタル化は取り組みにくいテーマだと思います。私も25年前、200万円のソフトを購入するのを躊躇しました。しかし、良い職人と良い機械だけでなく、そこに良いシステムが加わると、格段に利益率が向上することは私たちが体感したことです。まずは、デジタル化に投資する覚悟を持つことが未来につながるのではないでしょうか」と語っている。