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今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社

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ブランディングで「独自の価値」を確立、訴求へ

1870 年の創業と150年余りの歴史を誇る藤安醸造株式会社。そのルーツをたどると、薩摩藩の御用商人を務めていた江戸時代にまで遡る。
かの坂本龍馬に5千両を用立てたという記録が残り、西南戦争の折には当時の社屋が新政府軍の駐屯地にされたという商家だ。醸造会社としての歴史や伝統を大切に守りながら、一方で「攻める」ことも重要だと、2021 年に「ヒシク」製品のブランドマークを新たにした藤安秀一社長。
同社が考えるブランディングとは何かを伺った。

他社が真似できないオリジナルの味や製品こそがブランド

今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社
藤安醸造株式会社
代表取締役社長
藤安 秀一 氏
1954年生まれ。鹿児島県出身。中央大学卒業後、大手醤油メーカーを経て藤安醸造に入社。1993年代表取締役に就任。2020年鹿児島県味噌醤油工業協同組合理事長に就任。

今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社
所在地  鹿児島県鹿児島市谷山港2-1-10
TEL 099-261-5151 
設立     1949年12月(創業1870年11月)
従業員数  55名
資本金    2,800万円
年商     9億2,400円(’22/6期)
事業内容  味噌・醤油・調味料の加工製造、販売
U R L    https://www.hishiku.co.jp

社名より認知度の高い「ヒシク」を前面に訴求

 「当社が醸造を生業とするようになったのは、自然発生的な経緯からだったと考えています」と藤安秀一社長。かつて薩摩藩の御用商人として米や大豆、麦、塩を取り扱っていたが、社会不安が募る幕末に、武力を持たない商家は盗賊などの標的となった。そこで、防衛策として、余剰の米や大豆、麦などを諸もろみ味として寝かすことにしたのだという。そこから清酒や酢、味噌、醤油、焼酎などが造られ、最初は自家消費していたのを、販売するようになったのが今日の藤安醸造につながっている。

 1870年に前身である藤安醸造店を個人創業したのは、藤安家三代目当主の藤安喜左衛門氏だ。今日、同社のロゴとなっている「ヒシク」がその頃から使われ始めていたことは、当時の通い容器にその商標が入っていることからもわかる。

 「菱形の中に“九”と書かれた商標は、もともと藤安家初代の休左衛門が行李などに 自分のマークとして“休”の代わりに“九”と書いていたのを使ったもので、それを『ヒシク』と呼ぶようになったのは戦後のことです。10点満点に少し足りない“九”とすることで謙虚さを求め、左右にバランスを取ることが必要な菱形が、経営というのは常に不安定なものだと慢心を戒めています。

 やがて、当社の製品が広く愛用されるようになると、お客様が当社の社名よりも『ヒシク』という商標で製品を覚えてご購入いただくようになりました。そこから当社でも配達車などに商標を大きく掲げるなど、意識的に『ヒシク』を前面に出すようにしました」。

 ブランディングという言葉もない時代のことだが、図らずもこれが同社の最初のブランディングだといえる。 その一方で藤安社長はブランドについて「生活に身近に使われる味噌や醤油、酢といった調味料については、消費者が他と違うと識別しているのは商標でも社名でもなく『味』そのものなんです。他社には真似できない当社オリジナルの『味』こそが、当社のブランドです」と言っている。

OEM 生産への依存に危機感 独自の合わせ味噌を開発

 「よく食文化と言いますが、私は正しくは味文化だと思っています。薩摩の黒豚料理がおいしいと言っていただけるのも味付けも含めてのもので、調味料は黒子的存在ですが、地域の味に欠かせないものです。その証に醤油は全国どこでも売っているのに、鹿児島にルーツを持つ方々は宅急便のない時代から、わざわざ鹿児島の醤油を求めてくださった。私たちはそれに応えるべく地元に愛される製品作りをやってきました。

 ところが高度経済成長期に大型総合スーパーが台頭し、PBブランドなどのOEM製品の注文が増えました。まとまった量を受注でき、在庫管理も営業も楽なので、生産が追いつかないほどの注文を受けていましたが、やがてOEM製品の割合が高くなって、自社ブランド製品が市場に出ていないことに気づかされたのです。この時に、喉元にナイフを突きつけられたような恐怖を覚えました。

 これではいけないということで、一度に置き換えることは無理ですが、『ヒシク』の製品を市場に浸透させるべくテレビCMを流すなどの投資を始めました。醸造会社としての長い歴史を持つ当社ならではのブランドの確立、それが当時の私のテーマとなったのです」。 まず取り組んだのが味噌の新製品づくりだった。味噌や醤油はもともと、消費者が銘柄を変えたがらない保守的な調味料だが、その中でも味噌の方が変えてもらえやすいと考えたからだ。それまで鹿児島にはなかった合わせ味噌を、米と麦の麹を同時に同じ麹室で作る独自の技術で製造することに成功し、「ほれぼれ」という製品名で売り出した。すぐさま全国味噌鑑評会で、鹿児島県の醸造会社としては初めて、麦味噌部門で農林水産大臣賞を受賞するなど好評を得た。

絶対的な差別化を図った日本一甘い醤油「専醤」

同社の味による差別化戦略はさらに続く。

 「あるお客様から、お歳暮で大手メーカーの醤油が送られてくるが、口に合わないので捨てるという話を聞きました。醸造会社としては、醤油が捨てられるのは忍びない。そこで、日本一甘い醤油を作ることを思い立ったのです。鹿児島の醤油はもともと甘いですが、さらに甘いものをと県内全ての甘口醤油を取り寄せて、どれよりも甘い醤油を作ったのです。それが『極あまくち 専醤』です。砂糖醤油のように焼き餅につけて食べられるほどの甘さです。大手メーカーの醤油にこの『専醤』を好みで加えていただくことで、マイ醤油が作られるというのを製品コンセプトとし、ラベルにも『ブレンド用』と入れました。『専醤』は広く受け入れられ、一般の醤油より高価格であるにも関わらず、県内はもちろん、鹿児島空港内や東京のスーパーでも販売され、大手ショッピングサイトでも高評価を得ています。同質化は価格競争に陥るだけですが、異質化は付加価値競争に持ち込める。差別化できれば価格を下げなくてもビジネスが成立するのです」。

次代に向けて「攻める」ため製品ブランドマークを立ち上げ

 他社にはない特徴ある製品作りによって、「ヒシク」ファンを増やしてきたなかで、2021年、藤安社長は新しい製品ブランドマークを立ち上げた。
「守るのと同じく攻めることもビジネスには大切です。当社が150年継承してきた藤安醸造という社名も、創業者の精神が込められている『ヒシク』という商標も変えることはありませんが、次代にも存在し続けるメーカーであるために、製品ブランドマークを新しく作りました。菱形はそのままで、足を前に一歩踏み出したような“九”をデザインし、ヒシクはアルファベット表記にしています。これまでの商標もマザーロゴとして残しながら、新しいロゴは各製品のラベルや配達車両で展開しています。このロゴは、時代が変われば柔軟に変えて良いと考えているんです。

 これからもお客様の声を聞きながら、新技術、新製品、新市場を求めていきます。しかし、身の丈に合わない拡大志向は望んでいません。人口が減少して需要が低下するなか、付加価値製品によって売上を維持していく。そのために他社に真似できない当社オリジナルの『味』というブランドを大切にしたいと考えています」。

今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社 今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社
創業150周年を記念して発行された社史。


今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社
地元の愛用者に直接感謝を伝えたいと2005年から開催されている「ほれぼれ祭り」。ステージショーや豚汁の無料試食、祭り用に仕込まれた蔵出し味噌の販売など毎年、多くの人が集う。


今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社
創業時より使われている「ヒシク」マークは大切な教えとして尊重し、継承されている。


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密封ボトルにリニューアルされた「専醤」。ラベルに新しい製品ブランドマークが刷られている。


今を見据え、次代に活かす|藤安醸造株式会社
次代を担う藤安健志専務が中心となって取り組んだ高付加価値の製品開発として、2017年に誕生した新ブランド「休左衛門亭」。鹿児島県産の原材料にこだわった、だし醤油、ぽん酢、煎り酒の3品がセットで、高価格帯にも関わらず、観光客の土産品や地元客の贈答品として人気を集めている。



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